SMILE make SMILES

「笑顔は笑顔をつくる」をコンセプトに、誰もが「あるがままであたりまえに」過ごせる社会を目指す【田﨑】のblog。

「どうせ無理だ」と思っていたのに

今週に入ったあたりから、金曜にブログを書こうと思っていました。

何でも中途半端にしかできないボクには、どうせ何もできはしない。
ハイパー児童館ぷれいすやそれに至る活動についていろいろ悩んだって何にもなりゃしない。
細々と勉強はしつつ、具体的に動くのはしばらく止めます。

そう、書くつもりでした。

そんな折、手に取った積ん読がこちら。

中高生あたり向けに語りかけるような文章なのに、40のオッサンに刺さる刺さる。

特にこの文章に出会った時のショックは大きかった。

打ちひしがれてめくった次のページの文章が追い打ちをかけてきて。

自分で自分を潰してしまってどうするんだろう。

年内にクラウドファンディングを仕掛ける!と大見得を切ったあの自分を、もう少し信じてみよう。

そう思わせてくれた一冊です。

もう少し、踏ん張ろう。

ビンタは体罰です。以上。

日本行動分析学会は、2014年4月に「「体罰」に反対する声明」を出しました → http://www.j-aba.jp/data/seimei.pdf

一方で、体罰の会という団体も存在します → http://taibatsu.com/

どちらが真に科学的見地に基づく主張をしているかは明らかで、教育に体罰は不要であるという結論は揺るぎないのに、相変わらず日本には「体罰容認論」者が、しかも一定数います。残念で、悲しい事実です。
体罰の会の主張など、もはや悪質なギャグの域に達しているとさえ感じるけど、そうではない捉え方をする人はいるようです。

つい先日も、有名なトランペッターが、自分の指導する中学生のバンドによる発表会で、ドラムの中学生が規定より長くソロパートを叩いた上に、バンド全体に対して演目を逸脱した演奏を呼びかけ、それにキレたトランペッターが往復ビンタして止めたっていうのが話題になりました。

体罰についての議論を呼ぶんだろうなとは思いましたが、結果的に議論の方向が残念極まりないものですね。

暴力批判の主張を否定するという暴力が蔓延しているという印象です。

指導的立場にある大人が、指導受ける立場のこどもに、身体的苦痛を与えるのは、危険回避を除いてはどんな状況のどんな場面であれダメなんです。

親子(のような)関係であってもダメ。
言って聞かない子にであってもダメ。
痛いほどじゃなくてもダメ。
叩かれた子が謝罪していてもダメ。
叩かれた子の親が認めていてもダメ。

「前後の文脈」とか関係ないですから。

それ以外の方法はあるのか?と息巻く人もいますけど、ありますよ。当事者が考えればいくらだったありますよ。
それこそ、前後の文脈から考えないといけないんですよ。

ビンタは体罰です。
体罰は禁止です。
だからビンタはダメです。

以上!それだけ。単純な話です。

ところで、「あのビンタが問題ならアントニオ猪木なんて犯罪じゃん」とか言う人がいるけど、違うよ。

アントニオ猪木のビンタはショーであり、サービスなんですよ。
アントニオ猪木のファンにとっては、アントニオ猪木ビンタを受けることが、アントニオ猪木との繋がりを得られるツールなんですよ。
アントニオ猪木はファンの間違った行動を正す教育的行為としてビンタしてないでしょう?
アントニオ猪木はファンからビンタを求められて応えているんですよ。ファンサービスとして。
体罰とは無縁の行為です。

アントニオ猪木がビンタして文句言われないなら、日野皓正のビンタも正当だ」というのが荒唐無稽の暴論だなんて、至極当たり前のことを書くのって恥ずかしいね。

あ、日野皓正って名前出しちゃった。

「未来食堂」に行ってきました

もう、ホント、タイトルの通り、神保町の未来食堂に行ってきました。


未来食堂のとなりにある、縦置きのポスターを横置きのスペースに入れちゃうビストロシーズンも気になります。

今日は麻婆豆腐でした。
山椒のピリリがすごく効いていて、中華というより和なテイスト。
辛いけどサッパリで、大変美味しゅうございました。
お櫃から自分でよそうご飯も進んで2杯いただきました。

満席でこそなかったけど、途切れずお客さんがくる感じ(まあ、12:30頃っていう超ランチタイムだし)だったので、店主のせかいさんに話しかけることはおろか、お膳を撮るのもためらわれるほどで、ただ美味しくランチをいただいて帰ってきました。

今度はアイドルタイムを狙い、ハイパー児童館ぷれいすのことをしっかり話せるように準備して、勇気を出して声をかけてみようかな。どうかな。

「遊びリパーク リノア」訪問

藤沢市にある放課後等デイサービスのリノアさんを訪問してきました。

ノアのHP
https://www.laulea-linoa.com

先日参加したSoarのパーティーで知りあった方に、ハイパー児童館ぷれいすを考えているならぜひとご紹介いただいたご縁での訪問でした。

ハイパー児童館ぷれいすをどういった形で開くのがいいのかと考える中で、放課後等デイサービスという形態は早い段階で脇に置いてしまっていました。

その理由として
・ハイパー児童館ぷれいすは、「来たい時にいつでも来られる」を目指したいと思っていて、登録と予約が必要な放課後等デイサービス事業は馴染まない。
・「居場所であること」を重点に置きたい中で、療育等のメニューを中心に考えたくない。
・利用料は取らない形で運営したい。
・障害のある子もない子も混じり合う場にしたい
などがあります。

しかし、リノアさんの取り組みを拝見する中で、必ずしも放課後等デイサービスはなしとはいえないかも、と考えが変わりました。

ノアさんでは、遊びを通して肢体不自由児に身体を動かす機会をつくりたいという理念がベースにあって、大変共感できるところです。

私自身、ハイパー児童館ぷれいすの構想を描いたきっかけが肢体不自由児の放課後の居場所の危機だったので、その点でも共通する部分があります。

その上で、今回副代表の大郷さん、代表の横川さんにお話を聞いて気付いたこと。

それは、ハイパー児童館ぷれいすの構想が、私目線でしか語れていないということの弱さでした。

私が抱いている構想と、肢体不自由児やその保護者の抱いているニーズを擦り合わせる努力というか、方向性に欠けている部分がある。
今日初めてそれに気付いたわけではないけれど、改めてそのことの重要性に気付かされました。

独りよがりにブチあげるのではなく、段階を追って丁寧に進めていきながら、一歩一歩歩むように進めていくことの意義と大切さを学んだことが、今日一番の収穫でした。

そのためにも、実現するエリアを定めることも大切になってくることも改めて思い知りました。

それから、驚く再会がありました。
ノアを利用している女の子に見覚えがあり、話をしてみたら、私の初任校に在籍していた子だったんです!
当時小学5年生だった少女は高校3年生になっていました。
東京から一度四国に移り、7月に神奈川に移って来たそうで、まさかこんなところで!とお互いビックリでした。
いろいろお話できて嬉しかったです。

横川さん、大郷さんはじめ、リノアのスタッフのみなさん、今日はお忙しい中お邪魔しました。
必ず今回のお話を活かして前に進みます。

神奈川テレビ(ktv)の番組「カナフル」でリノアが紹介された時の映像(平成29年7月23日「ともに生きる」)
http://www.pref.kanagawa.jp/cnt/f6546/p18520.html#player1

舵を切る

ハイパー児童館ぷれいすの構想をツマに話した時、ツマから返ってきた答えには衝撃を受け、落胆し、自信をなくし、意欲を削がれたことを鮮烈に記憶していて、ちょっとしたトラウマになってさえいます。

「それが"いいこと"なのはわかるけど、なぜ"あなたが"やらなきゃいけないの?」(あなたがやる必要などない)
「収入はどうなるの?家計のこと考えているの?」(家計が支えられるわけがない)
「子どもの手が離れてからやるか、誰かにやってもらって手伝うかにして」(あなたが実現できると思えない)

一番身近な存在に、一番やりたいことを全否定されることのショック。

義母(ツマの母)からも、「やろたいことがあるんだから身体を大事にしてね(うつ治してね)」と言ってもらえたのに。

それからは、ハイパー児童館ぷれいすを実現できない言い訳ばかり言い立てるようになりました。
やりたいけどできない自分の不甲斐なさ。
さらに、予期しなかった異動、それも2年連続…

それでも、発信だけは止めずにいました。
ハイパー児童館ぷれいすを諦められない自分がいるのです。

「自分が気付いた問題は、自分で解決するしかない」

幸い、ハイパー児童館ぷれいすについて、応援してくれたり、賛同してくれたりする方が沢山います。

子どもの手が離れるにはあと20年くらいかかる。
20年後の自分がハイパー児童館ぷれいすを立ち上げられるほど元気な保証はない。生きてるかすらわからない。ツマやツマの親だって、自分の親だって、20年後にどうなってるかなんてわからない。子育てしている今以上に大変なことになっているかもしれない。

誰かにやってもらうなんてあり得ない。何にも動いていない構想を言い出しっぺの代わりに引き受けてくれる誰かなんているわけがない。自分でやってみて、初めて具体的に力を貸してくれる人が現れる。
それは、先日のSoarのパーティーでたべまなの鴻巣さんが語られていた。

収入なんてどうにでもなる。なると思えばなる。

ボクは、オットであることからも父であることからも逃げない。そのうえで、自分の想いからも逃げない。死ぬ時に後悔する人生は歩みたくない。死ぬ時に後悔する姿を子どもに見せたくない。

やっぱり、やるしかない。

ツマの目には、応援や賛同と、それに励まされてやる気になっているオットが無責任に映るかもしれません。いや、きっとそう映るのでしょう。

それでもやらねば。

もう一度、ツマにハイパー児童館ぷれいすの想いを語ろう。
賛同も応援も理解もいらない。
ブレーキをかけようというなら、アクセルを踏み込もう。

度胸がないので、先にブログに書いてみた。
さて、なんて言われるんでしょうか。

「あるがまま」「あたりまえ」

Soarに、静岡県浜松市の障害者福祉施設「アルス・ノヴァ」さんのインタビュー記事が掲載されました。
http://soar-world.com/2017/07/14/arsnova/

私が、アルス・ノヴァとそれを運営するNPO法人・クリエイティブサポート・レッツ( http://cslets.net 以下、CSL)を知ったのは、雑誌「ソトコト」の誌上でした。

取り組みや姿勢に共感しましたが、それ以上に、立ち上げや運営の詳細について知りたい!と強く興味を惹かれました。

そして、CSLの理念にも驚きました。
「あたりまえなんておかまいなしにあるがままで過ごす」

ぷれいすをつくるにあたり、何かキャッチーなフレーズをと思って考えたのが
「あるがままであたりまえに幸せに過ごせる居場所、そして社会へ」

「あたりまえ」の捉え方は異なるものの、同じフレーズを使っていることに勝手に親近感を覚えています。

この夏に訪れたい場所のひとつです。

PIECES1周年記念パーティー(2017/7/19)


先日7月19日、「子どもの孤立」解消に取り組むNPO法人PIECES( http://www.pieces.tokyo )の法人設立1周年記念パーティーに参加してきました。

PIECES代表の小澤いぶきさんとはPIECES設立以前から繋がらせていただいています。
小澤さんは、「子どもの孤立」に立ち向かう熱い想いと、周囲を和ませる雰囲気を併せ持ったとてもステキな方です。

小澤さんらしい、熱くて、優しくて、時間オーバーしちゃう(笑)活動報告。

副代表・荒井さんの事業プレゼン。
アイスブレイクの「隣の方にインタビュータイム」。
小澤さんによるメリハリのないユルユルの乾杯(笑)からの立食パーティータイム。

PIECESさんのもつ優しいあったかい雰囲気満載の時間です。

そして、トークセッションが始まります。

ライフネット生命創業者の出口治明さんをゲスト、ジャーナリストの堀潤さんをファシリテーターに迎え小澤さんとの3人によるトークセッションは聞き応え充分の学びや気付きの多い時間でした。

出口さんの「可哀想な子を助けてあげようでは続かない。楽しいことが第一。社会は混ぜこぜが一番いい」とのご指摘には、事業報告にあった

「「支援」しない関わり」にも、先週Soarのイベントで感銘を受けた

「被支援者をつくらない」にも通じる、こういった活動をする上で大切な根っこを改めて感じました。

その他にも、出口さんの引き出しの多さと深さに感銘を受けるコメントが軽妙な語り口で語られました。

「どんな日本にしたいかと言ったら、「こどもの産みやすい社会」に尽きる」
「衣食足りて礼節を知る」
「Young support Old は古い。 All support Allの精神でいかないとこれからの高齢化社会はダメ。困っている人をみんなで支える社会に」
「エピソードとエビデンスは分けて考える」

小澤さんからも
「社会に寛容性が不足しているのではないか。可視化されない困難にどれだけの接点を持たせられるか。心のバリアをどう除いていくかを考えていかないと」
「あまり多様性を訴えすぎると「多様性を受け入れられない人を排除する」という矛盾が生じる。小さな趣味や楽しいことのコミュニティから緩やかに取り組んでいく姿勢をもちたい」
など、温かさの溢れる想いが。

堀さんのファシリテートも素晴らしく、「社会の問題を語る時、大きな主語より小さな主語を意識したい」など示唆に富む指摘もありました。

それぞれのご発言一つひとつでブログ1本かけそうなくらいトークセッションは、時間を忘れさせるほど濃密な時間でした。

トークセッションの後に、様々な形でPIECESに関わる方々からお話がありました。

ゲーム作成プログラムのスタッフ
プロボノ
個人寄付会員
法人寄付会員

それぞれの方が、それぞれの形でPIECESに関わる経緯や想いから、PIECESに対する愛を感じました。

私も今後ますますPIECESを応援していこうと思う夜でした。