SMILE make SMILES

ダイバーシティとユニバーサルデザインに興味あります。

伊良部一郎のキャスティング

※文中敬称略

先日は伊坂幸太郎の「陽気なギャングシリーズ」のキャスティングについて無意味に語らせていただきました。

キャスティングについて思いのある作品としてもう一つ。
奥田英朗の伊良部一郎シリーズを取り上げます。

作品名としては
イン・ザ・プール
空中ブランコ
「町長選挙」
の3作品になります(続編ないよね?)。

伊良部総合病院の御曹司にしてトンデモ精神科医の伊良部一郎が施すハチャメチャな処置?が巻き起こすドタバタでいて、でもどこかハートフルな話。

診察に訪れる患者の目線で描かれる連作短編集のスタイルで、テンポもよくとても読みやすい作品です。

さて、こちらは映画、舞台、ドラマと度々実写化されましたが、キャスティングには疑問しかない。最早これは実写化ではないんじゃないかと疑いたくなるレベル。
だから、ボクならこう!を無駄に語ります。


<伊良部一郎>
映画「イン・ザ・プール」:松尾スズキ
ドラマ「Dr. 伊良部一郎」(テレビ朝日):徳重聡
ドラマ「空中ブランコ」(BSフジ):阿部寛
舞台「空中ブランコ」:宮迫博之


トンデモ精神科医
デブでマザコン
おぼっちゃまで嫌味なヤツ。

ボクの中では色白で、スポーツは苦手だけど自覚なし。
自分の言動のせいで周りから疎まれているのに、「自分は悪くないのになんで?」と周りを責めるタイプ。
そのくせ、周囲をイラつかせる明るさの持ち主。

映画、ドラマ、舞台と合わせて4人の伊良部がいますが、どれも納得いかん。
デブじゃないじゃん。
身体のキレ良さそうだし。

デブ大事よ。ここは。

色々浮かんだ。
伊集院光(頭良い感じが合わない、却下)
塚地武雅(色白じゃない、却下)
とかを経て、ピタッときたよ。

伊良部一郎:日村勇紀(バナナマン)


<マユミちゃん>
映画「イン・ザ・プール」:MAIKO
ドラマ「Dr. 伊良部一郎」(テレビ朝日):余貴美子
ドラマ「空中ブランコ」(BSフジ):釈由美子
舞台「空中ブランコ」:佐藤江梨子

トンデモ精神科医を支えるトンデモ看護師。
グラマーでセクシーで無愛想。

ボクの中では色白で、小さい顔したグラマラス。
20代半ばですね。

伊良部一郎と比べて、まずまずのキャスティング。
余貴美子はちょっと年齢が… ゴホン
釈由美子はいいですね。なかなかイメージに合う。

初めて読んだ時にパッと浮かんだのはインリン・オブ・ジョイトイ
でも、いなくなっちゃった。

今思い浮かべるなら、個人的な好みをバリバリ加えつつこの人。

マユミちゃん:片山萌美

やべえ、この伊良部一郎見たい。
ナース服の片山さんが見たい。

すんません。

陽気なギャングのキャスティング

※文中、敬称略で失礼します。

「陽気なギャングの日常と襲撃」を読みました。
陽気なギャングが地球を回す」の続編にあたる作品で、当然ながら前作も読んでいます。

作者の伊坂幸太郎は好きな作家の一人。
特に伏線を張る丁寧さとそれを回収する緻密さにいつも圧倒されます。

この、いわば「“陽気なギャング”シリーズ」ももちろんそう。
それに加えて、主人公である4人組の銀行強盗のそれぞれのキャラクターが魅力的で、その上脇役も味があって、展開も早過ぎず、かつ冗長さがなく、説明的な煩わしさはないのに、わかりやすい。
ホントに面白い。

で、ですね。

小説を読む際には、読みながら頭の中に映像が浮かぶんですね。ボクの場合。
「“陽気なギャング”シリーズ」のようにキャラクターがはっきりしていると、具体的に俳優さんを配役することもあります。

陽気なギャングが地球を回す」を読んだ後、同作が映画化されていると知り、ワクワクして調べました…が…

映画でのキャスティングが、ボクの頭の中の映像でのキャスティングとズレていて、なんだかモヤモヤしてしまいました。

で、続編を読んだ今、敢えて頭の中のキャスティングを公開しようというわけです。


<成瀬>
銀行強盗団のリーダー。普段は公務員。
相手の物言いだけで、それが嘘かどうかを見破る能力の持ち主。
映画では大沢たかおが演じています。

ボクの中の成瀬は、冷静沈着で、眼光が少し鋭く、それでいて「実はけっこう優しいんだろうな」って雰囲気。
大沢たかおだと優しすぎる。

実は「地球を回す」を読んでいる間にはキャスティングが固まらなかったんだけど、今回「日常と襲撃」を読んでポンと浮かびました。

成瀬:長谷川博己
(実はタメだと知って衝撃)

<響野>
演説の名手。内容のない話をもっともらしく演説に仕立てる話術をもつ。普段は喫茶店のマスター(だが、淹れるコーヒーは不味い)。
映画では佐藤浩市が演じています。

ボクの中の響野は、全体的に細身で、頭髪はピシッとセットされた黒髪。高く通る声で流れるように喋る。
佐藤浩市では渋い。しかもボサボサの金髪という役作りも合わない。あと、佐藤浩市が淹れるコーヒーは美味そう。

響野は初めて読んだ瞬間に浮かんだ俳優がいて、読めば読むほどその俳優が響野にハマっていく。

響野:筧利夫
(成瀬と同級生という設定からすると長谷川博己とはやや歳が離れているが気にしない)
(淹れるコーヒーが不味いイメージも醸し出せそう)

<久遠>
スリの名手。ニュージーランドと動物を愛する若者。
映画では松田翔太が演じています。

ボクの中の久遠は、愛玩動物を思わせる風貌と動きが似合う、比較的小柄な男。
松田翔太だとカッコよすぎる。

久遠も早くからキャスティングが固まっていた。

久遠:濱田岳
(濱田岳がカッコよくないなんて言ってない)
(auのCMで金太郎を演じる濱田岳を見てますます久遠に推す気持ちが上がった)

<雪子>
正確な体内時計と巧みな運転技術の持ち主。一児の母。
映画では鈴木京香が演じています。

ボクの中の雪子は、キレイなんだけどカゲがあって、悲しげな微笑みが似合うしセクシーなんだけど、いい意味でエロさがない女性。
鈴木京香だとちょっとセクシーでカゲが弱いかな。

「日常と襲撃」を読んでいて、吉瀬美智子もいいかも、って思ったけど、一児の母感が弱い。やはり「地球を回す」で浮かんだあの女優がぴったり。

雪子:りょう

雪子に合わないと思った鈴木京香は、むしろ響野の妻である翔子に挙げたい。


主要4人以外で、映画でのキャスティングが自分のイメージとズレが少ないのは、

田中:古田新太

かな。ただ、田中のキャスティングとしては、個人的に塚地武雅も捨てがたい。


えっと、アレですよね。
だからなに?ってことですよね?

なんでもないですよ。勝手な妄言ですから。

すきなんです

一昨年の1月から使ったほぼ日手帳

2年間使ってみて、いろいろ試行錯誤したものの、自分らしい使い方が見つからないどころか、手帳の必要性自体が感じられなくなり、今年は更新をやめてしまいました。

カバーは手に馴染んできたので、同じ文庫サイズの方眼メモノートのカバーにしました。

ところが、2018春のほぼ日手帳ラインナップにやられました。

私が敬愛してやまない絵本作家、ヨシタケシンスケさんの「しきもの日和」。

手帳はいらないけどこのカバーはほしい!

なんて罪深いことを!

迷っているうちに品切れしてしまい、ますます欲しくなって…

買っちゃった…

しかも、4月始まりの手帳本体とセットで…

でも、いいんです。


こんなの懐かしいし、


こんなのしたいし…

内側も。


シュール…

ポケットにはアーティストカード

使い方の説明書まで!

手帳自体を何にどう使うかは思案中。

でも、何だかいろいろ抱えている今だから、好きなものに囲まれて生きたい。

今までだと、好きなものと言えばウッドストックだし、それは変わらないけど、ヨシタケシンスケワールドにも浸っていきたいなぁ〜って思います。

香川ではうどんを食べる風習が…

昨日、7月2日は半夏生でした。

読めますか?半夏生

「はんげしょう」です。

二十四節気とともに季節の節目となる雑節の一つ。

夏至から数えて11日目にあたる日で、稲作では田植えの時期の目安になっていたようです。

関西では、「作物の根が張るように」との縁起担ぎからタコを食べる風習があるとも。

香川では、田植えの労を労う意味も込めて、うどんを食べる風習があるんだとか。

ん?香川でうどん?

香川では年越し蕎麦ならぬ年明けうどんがあるとか。
土用丑の日には「う」のつくものを食べることにちなんで、香川ではうどんを食べるとか。
香川のとある地域では、新築の家では風呂でうどんを食べる風習があるとか。

てか、何かにちなんでうどんを食べるのか、うどんを食べるために何かにちなんでいるのか分からん。

これじゃまるで「日本全国酒飲み音頭」じゃないか。

きっと香川には、他にもうどんを食べる風習があるに違いない。

恐るべしうどん県、香川。

米米CLUBのライブのためだけに高松に遠征した時に食べたかけうどん、うまかったな。

なんのために

アンパンマンのマーチ」ってわかりますか?

オープニングの曲です。

こども向けにしては深い歌詞のオンパレード。


なんのためにうまれて
なにをしていきるのか
こたえられないなんて
そんなのはいやだ!

深い。深すぎだよ〜。

「なんのためにうまれ」たかっていうのは、個々に抱える自己実現欲求の明確化だと捉えることができます。
生まれながらにもつのではなく、生まれて生きるうちに湧き上がってくるものだけど、それに気づいた時には、そのためにこそ自分は生まれたんだ!と叫びたくなるようなもの。

「なにをしていきる」かっていうのは、その自己実現を達成するために、今何をすべきかの具体化と捉えることになるでしょう。
自己実現欲求がきちんと明確化されてこそ、その道筋は具体化するとも言えるし、何をすべきか(「したいか」という表し方になるとしても、それは「すべき」だからしたくて仕方がないということなんじゃ?)を具体化する中で、自分の自己実現欲求が明確化されてくることもあるんじゃないかな。

でもねぇ、生きてるとねぇ、いろいろ抱えてしまうんだよ。

早い時期に、っていうのは、年齢的なことかもしれない、立場的なものかもしれない、いろいろあるけど、とにかく早い時期に「なんのためにうまれて、なにをしていきるのか」を見つけた人はいいなぁって思う。

ボクだって、見つけたけど、ちょっと無理。
遅かったと言えばそれまで。
抱えすぎと言えばそれまで。
分不相応と言えばそれまで。

だから、「なんのためにうまれて、なにをしていきるのか」を見つけられる手助けができる人に、せめてなりたいな。

ボクがデジタル一眼レフを手放した理由

昨年秋、所有していたデジタル一眼レフとレンズ一式を手放しました。

PENTAX K-x(オーダーカラー・ライトグリーン)
PENTAX DAL 18-55
PENTAX DAL 55-300
(DAL2本はキットレンズ)
PENTAX DA 10-17 FISH-EYE
SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO OS HSM

購入したのは2010年。

所有歴7年。

正直、年数の割には出動回数はイマイチでした。
それは偏にボクの意識の問題ですが、それはそれなりに理由があるなと思い、今一眼レフ導入を考えている人の参考になればとまとめてみます。

影技術が向上しないことは手放した理由ではありません。
影技術が向上しなかったのは紛れもない事実ですが、それは(生まれ持ったセンスとか、美的感覚を抜きにすれば)デジタル一眼レフで撮影する頻度を上げられなかったことが大きな要因です。
その頻度を上げられなかった、そして今後も頻度を上げられないと思った理由こそが、一眼レフを手放す要因です。

その第1の理由は、カメラの大きさです。

そんなの買う前に気付けよって話ですが、実際持ち運んでわかることもたくさんありました。

カメラを購入した2010年、我が家には2人の子どもがいて、当時5歳と3歳、お出かけに必要な荷物は親が持たねばならない状況でした。その上、お出かけしてくたびれれば抱っこも必要です。
その後も2人の子をもうけまして、しばらくそんな状態は続いてました。
そうなると、ただでさえ大荷物&抱っこのところにかさばる一眼レフは相性が悪いのです。

ならば、通勤で持ち歩いてスナップを、とも思い、カメラリュックを通勤バッグとして使ってみたりもしましたが、やはりこれもかさばる。かさばる割には荷物(カメラ以外の仕事の荷物)が入らない。
カメラバッグにこだわらず、と思っても、結局主役のカメラのサイズが基準になって大きなバッグになってしまうし、カメラバッグじゃない大きなバッグは、カメラを出すには向かないんです。どうしてもバッグの底の方にカメラが入ってしまうので。

第2の理由は機動力です。

これは子連れで撮っている時に感じたこと。

首から一眼レフを下げている状態だと、子どもに何か起きた時にいろいろ不都合があります。

一番感じた不都合は、とっさに子どもにアプローチした時、勢い余った一眼レフが子どもにゴッツンコすることです。
あと、子どもが何か落としちゃった時に、何も考えずにしゃがんで地面に一眼レフがゴッツンコっていうのもしょっちゅうです。

子どものためにも、カメラ(主にレンズ)のためにも、子どもを撮るときはカメラマンに徹して、子どもから離れるのが対応策なんでしょうけど、それは我が家の子育て方針から外れているし、必ずしも家族全員(というか、夫婦揃って)出かけるということでもないし。
子連れで出かける時には、いつでも不測の事態に備えたいというスタンスと一眼レフが、ボクとしては合わなかったんですね。

第3の理由は、撮影時間捻出の難しさです。

せっかく子どもがいるから、子どもを被写体にしたいとは思いつつ、結局前項の機動力問題があって、子連れで一眼レフを下げるのは遠ざかる一方。

通勤のスキマ時間に撮るということに関して、これはチャレンジしたことがあるんですが、なかなかどうして。

90分の通勤時間のうち、電車の乗車時間が乗り換え含めて60分。(通勤時間60分の一時期は30分)
この間は撮影不可時間でもあります。

車通勤であれば、「お、この風景!」と思ってちょっと止めて撮るなんてできるでしょうが、電車では無理。車窓にいい風景があっても、車内から撮るのは憚られるし、次で降りて戻るって言っても場所がわかるとは限らない。だいたい、後からその場所に着いてもその一瞬はすっかり逃しているし、そもそも、半分以上地下鉄だし。

泊まり明けで撮影行というのもやってましたけど、よっぽど行きたい場所が思いつかないとなかなか難しい。電車移動ということの限界(移動時間・移動範囲)もありますね。切符代だってかかるし。お迎え行かなきゃだし。

休みの日の空いた時間、ちょっと撮りに出るか〜なんてこともないです。休みの日に空いた時間なんてそれほどありません。一眼レフ片手に一人でふらっと…なんて、憧れの世界です。

一眼レフに憧れるきっかけは、鉄道写真家の中井精也先生でしたから、鉄道写真を極め…るのは難しいとしても、ちょっとかじりたいなって思ってましたが、鉄道写真を本気で撮るには、技術やセンス以上に根気と機動力、それを支える時間と資金が必要であることを痛感しました。ボクには時間も資金も不足していたんです。

第4の理由は、実はこれが大きな理由ですが、一眼レフでなければならない場面がなくなってしまったということです。

今まで上げた3つの理由があっても、「それでも、いざという時には一眼レフだよね」ってなれば手元に置いておくんでしょうけど、そんな“いざという時”がなくなってしまいました。

サブ機として持ってるコンデジ
一時期はRICHO GR DIGITAL4、それを手放して少しして入手したのがPENTAX MX-1。

GRは少し使い手を選ぶ単焦点デジカメで、MX-1はエントリー一眼レフを凌ぐ性能を誇るズーム対応デジカメ。

どちらもサブと呼ぶにはもったいないほどの名機。
一眼レフを持ち出さずともそれなりの写真が撮れてしまう現実。

しかし、それ以上に“いざという時”を奪ったのは、スマホのカメラです。

K-xを購入した当時、ボクの携帯はガラケーでした。
ガラケーのカメラがオモチャだったことが、一気にデジタル一眼レフへの扉を叩かせたのも事実です。
2012年の春、携帯がガラケーからスマホ(型落ちのAndroid)になりました。
Eye-Fi搭載でデータのバックアップやパソコンへの移動がスムーズ。SNSへの投稿もすぐできる。ただ、シャッターの反応が悪い(タップしてから撮るまでのタイムラグがある)のと、画質がまだまだで、やっぱり一眼レフだなと。
ところが、初代Androidがすぐ不具合で、半年でiPhoneに乗り換えまして、そこから潮目が変わるというか。iCloudの利便性もあり、5s→6→Xと替えるたびに画質も向上。シャッターのタイムラグも、カメラと比べればあるものの、Android機とは比較にならないし、こどもの動きが落ち着いてきたこともあって困らないレベルに。

となると、もうiPhoneのカメラで事足りてしまうんですね。

SNSで見た、素人さんに「どんなカメラがいいか」と聞かれたプロカメラマンが用途を「持ち運びが楽でさっと出せて簡単に撮れる。写真は主にSNSに使う」と聞いて、スマホと答えたという逸話には深く納得する。

というわけで、あっさりデジイチは手放しました。
尊敬する中井先生にお褒めいただいたオーダーカラーだったので、そこは惜しいところでしたが、後悔はしていません。

時間とお財布に余力があれば、素人カメラマンにとってもデジイチは素敵なツールだと思います。
高級コンデジスマホのカメラ性能を考えると、初心者でもエントリークラスではなくてミドルクラスを持つくらいがいいでしょう。

でも、子育てのスナップをメインに考えておられるならば、時間とお財布の他に、カメラマンに徹することができるかどうかも導入する上で考えた方がよさそうです。

これからという方のご参考になれば。

絵本カフェやりたーい(寝言)

年度またぎの作業が追いつかず、すっかりくたびれちまった。
おまけにお腹がずっと痛くって、大した痛みじゃないけど夜の眠りが浅いみたいで、毎日すっかりおねむだよ。
どうせおねむだから、寝言を吐くぜ。
嘲笑って聞いてくれ。


絵本カフェやりたーい。

マスター(=ボク)が独断でセレクトした2~30の絵本が並んでるカフェ。
テーブル席にソファー席、小上がりにキッズスペース、さらにはテラス席。
好きな席で、気に入った絵本を、お茶したり軽くつまんだりしながら眺める。
一人で読む。
二人で読む。
大人がこどもに読む。
こどもが大人に読む。
突然始まる読み語り。聴衆だった一人が、今度は読み手として前に立つ。
なんなら、絵本を読まないで過ごしてもいい。
お昼寝OK。息抜きOK。
読んでる絵本が欲しくなったらマスターに言ってくれ。在庫から新品出すぜ。
なんなら夜はご飯もどうぞ。

そんな絵本カフェやりたーい。

一日限定だったら、どこかのスペース借り切って無料開催してもいいなぁ。お金集めてさ。

場所と絵本と食材と少しのお手伝いがあればできるかも。

じゃあ、できないな。
さあ、目を覚まそう。